ぽぷの備忘録的ブログ

ただ思ったことを書き連ねるページ。

みんな鳥になってを観て来た話

お久しぶりです。ぽぷです。

 

 

 

もうブログ書くのやめてしまえみたいな更新頻度ですが、毎度この話題だけはタイムリーに書こうと決めています。

(ちなみに2024年を振り返る記事を今だに半年かけて書いてます←?)

 

 

 

 

 

裕翔くんの主演舞台『みんな鳥になって』を観劇して来ました。

 

 

 

裕翔くんの初めての主演舞台『WILD』から何とかチケットをもぎ取って欠かさず観劇している私ですが、間違いなく今回の作品が1番難度が高かったと思います。

 

 

 

その理由は大きく分けて2つ。1つは、物語の核となるのが「イスラエル・パレスチナ問題」だということ、2つ目は難しい単語の連続でほぼ休みなし、3時間半に及ぶボリュームだということです。

 

 

 

今まで裕翔くんの主演舞台は漏れなく社会派の作品ばかりなので私もだいぶ鍛えられて来た方だとは思っていたのですが、今回は1番理解に苦しんでいます。何とかこのブログの記述というアウトプットを通して飲み込めたらと思います。

 

 

 

 

 

⭐︎以下、ネタバレです!セリフはうろ覚えなのでニュアンスで書いてます!

 

 

 

 

 

 

 

まず最大の難しかった点、「イスラエル・パレスチナ問題」ですが、日本という緩めの多神教国家に属していると全くこの問題への手がかりが無いと思うんです。

 

 

一応世界史選択だったのでこの問題も授業で習っているはずなのですが、何度も衝突を繰り返し、“約束の地”を取り合い、お互いの主張が真っ向から対立し、何年にも及んで多くの命が失われているこの“真因”は、授業で習った当時も理解できなかったことを覚えています。

 

 

裕翔くんの演じるエイタンという青年はユダヤ人の父と母を持っており、自らもユダヤ教徒のドイツ人です。しかし遺伝学を専攻していて、46本の染色体という確かな物証のみを事実だと考えています。遺伝学を研究しているあたり、いわゆる種族や人種によるアイデンティティは全く信じていないことが分かります。

 

 

そんな彼が大学の図書館で、とあるアラブ人について研究しているアラブ系アメリカ人のワヒダと出会います。研究熱心でどこか似ている2人は瞬く間に恋に落ち、結婚したいことをエイタンの家族に報告することになります。

 

 

彼の祖父エトガールはエイタンの報告に喜びますが、彼女の名前を聞いた瞬間に場が凍り付きます。祖父エトガールよりも敬虔なユダヤ教徒である父ダヴィットと、その夫を支える母のノラが大反対したのです。ユダヤ人がアラブ人と結婚するなんて祖先のユダヤ人に対する裏切りだとダヴィットは言い放ち、ナイフで自分の喉を切って殺せとまで言います。

 

 

 

エイタンはどこにルーツがあるかということは愛の前では無力だと主張します。私もそうだと思いましたし、人種や民族で引き裂かれるべきではないと思うので、この点がこの物語の主題かと思いましたが、ここから話はかなり複雑になります。

 

 

 

 

 

この家族の言い争いはますますヒートアップし、ワヒダは早々に逃げ出してレストランの入るビルの階段の踊り場でただ聞くことしかできませんでした。

 

そしてそのあと父たちと別れたエイタンと「私たちはこの階段の踊り場のように、狭間でうずくまっていることしかできないのかな」と言います。このセリフ、現代社会で同様の問題に晒されている人たちの気持ちを簡潔に理解させてくれたと感じました。

 

 

 

家族のひどい反対に遭ったエイタンは、これほどまでに反対してくる父は本当に自分の父なのかと疑い、祖父と父、自分のDNAを調べます。そこで予想もしなかった事実に出会い、真相を知るべくすでに祖父とは離婚していた祖母レアを訪ねにイスラエルへ行きます。しかしそこでエイタンはテロに巻き込まれ昏睡状態に陥ってしまいます。これをきっかけに家族がイスラエルという土地で集合することになるのです。

 

 

 

 

 

よくありがちな楽観的な物語なら、エイタンが目覚め、家族を説得しワヒダと結ばれる、みたいな感じになると思うのですが、全くそうはなりません。エイタンの家族が崩れていく様を目の当たりにしたワヒダは、エイタンが目覚めた後に国境の壁の近くにいるので会いに来てほしいと伝えます。それを聞いていた家族たちは、ワヒダがエイタンにこれ以上辛い思いをさせないために別れ話をするのだと思います。しかし実際はその逆でした。すでに両親を亡くしていたワヒダは、エイタンが目覚めるまでの間に訪ねたパレスチナで、知らない人にアラビア語の発音で自分の名前を呼ばれたことに懐かしい気持ちを感じて、アラブ人であることを強く自覚します。そしてこのままパレスチナにいたいと強く思い、別れを切り出すのです。

 

 

 

大学では中世の時代にイスラム教からキリスト教に改宗させられたワザーンという歴史上の人物を研究して、アイデンティティや帰属意識を掘り下げようとしていたワヒダが、まさかアラブ人であると大声で主張するとは思ってもいませんでした。

 

 

アラブ系であることに強いコンプレックスを抱いていた彼女を救ったのがアラブ人であるという事実なの、これはここまで書き起こした今でも完璧に理解することができない。けれど、アメリカのコミュニティの中で肌の色を含めた外見を誤魔化しながら生きるよりも、アラブ人コミュニティの閉鎖的な環境の中の方がむしろ生きやすい、ということなのかもしれないなと思います。

 

 

 

 

この作品で、民族や種族の問題を分かりやすく捉えるために使われているのが言語と名前です。

 

パンフレットにも記載がありますが、役名それぞれにはその人となりやアイデンティティを示すヒントが隠されています。

 

 

ワヒダという名前をネイティブの発音で読まれたことや、母語を奪われ続けた話は、ほぼ単一民族で構成された島国に生きる私たちには想像がつかないけど、この問題を少しでも理解する手助けになっているのではないかと思いました。

 

 

 

 

 

 

結局最後までダヴィットがあの祖父の元で敬虔なユダヤ教徒になった理由は私にはよく理解ができませんでしたが、そのダヴィットこそがこの民族問題に大きく人生を左右された人物だったことを印象付けるためにユダヤ教に固執していたのかなと思います。

 

 

 

最後に真実が明らかになる怒涛のシーン、祖父のエトガールの当時の心境もよく理解できるし、ずっとダヴィット本人に真実を伝えられなかった償いの気持ちが走ってしまった結果ではあるけれど、あの場で告白するべきではなかったのでは…とも思います。結果ダヴィットは強いショックで錯乱状態になり、脳出血を起こし帰らぬ人となるのです。

 

 

 

 

 

最後の病室のシーン、医師が「母語で話しかけてあげてください」と促すとき、妻のノラはアラブ人であることを認めずヘブライ語だと主張しますが、ずっと罪の意識があった祖母レアはアラビア語だと主張しワヒダを呼び戻します。

 

 

 

その後ワヒダはアラビア語でワザーンの話を聴かせます。ここで「両棲の鳥」の逸話が登場します。海の中に強い憧れを抱いていた鳥が、息の詰まる一生を送ることよりも海の中での一瞬の煌めきを追い続け、ついには海に飛び込み、息が止まる直前にエラが生えて海と空との両方で生きることができる鳥になった、という話です。

 

 

パンフレットにも書いてあるのですが、どちらかでしか生きられないというのは思い込みで、どちらでも生きることができる、どちらの側も両方で暮らすことができる、というメッセージが込められていると思います。

 

 

舞台が始まる前に少しでも前知識を入れておこうと思って先に読んでいたのですが、舞台を通して見た後に聞くと、より伝えたいメッセージが強く乗っているように感じられました。

 

 

 

ワヒダもエイタンに伝えていましたが、国境の壁のこちら側とあちら側、本来ならばどちらでも暮らせるはずなのです。そこに大きな隔たりは無いはずなのです。「両棲の鳥」のような考え、意識が広がれば良いなと思いました。

 

 

 

 

 

 

最後の場面、エイタンはアラブ人の伝記を片手に父ダヴィットの生まれ故郷へと向かいます。そこで父を葬るとともに、父への最後のメッセージを伝えます。そこで最後に繰り返されるのが「僕はあなたを慰めたりしない」という言葉です。側から見れば、出生の秘密を突如として知らされたダヴィットは、妻ノラが言っていたようにあまりにも「可哀想」です。しかし、ダヴィットがアラブ人を差別していた過去はそれによって消えませんし、エイタンの人生にも大きな影響を及ぼしています。だから単に結末だけを取って慰めることが出来なかったのだと思います。このユダヤ人とアラブ人の間の問題をこれからも当事者として抱えていくエイタンの強い決意が現れたシーンだったと感じました。

 

 

 

 

 

ここまでで3500字以上書いていますが(え?)、あと完全に理解できていない箇所が2箇所あります。

 

 

1つ目は冒頭やシーン切り替え時に流れたお経(?)の音声です。ヘブライ語かアラビア語だとは思うのですが、パンフレットなどにも記載がなく、その内容が気になります。

 

 

 

2つ目も同じくシーン切り替え時などに流れる地響きのような騒音です。登場人物の心情が大きく動く時に流れているのかとも思いましたが、「両棲の鳥」の話をしている時に流れていたのが印象的なので、舞台のタイトルにもちなんで“鳥が飛んでいる”シーンで流れていたのかもしれない…とも思いました。誰か有識者の方、教えてください。

 

 

 

 

 

 

 

ここまでの内容から分かる通り、この物語はかなり複雑で、演じるに当たって非常に困難だと素人目にも分かります。しかもそれを3時間半続けることがどれほどハードかは想像を絶するものがあります。体力的にもそうですし、演じている方は全員精神をすり減らしながら登場人物を存在させていると感じました。

 

 

 

 

見ているだけの私が集中しすぎて目の焦点合わなくなったり立ち上がった時にフラッとして酸欠になっているくらいですから、多分倒れてもおかしくないと思います、マジで。

 

 

 

 

裕翔くんをはじめ、出ている方全員から気迫を感じましたし、とんでもないエネルギーを感じました。観ているこちらも気を張っていないと吹っ飛ばされると言っても過言ではないです、伝われ。

 

 

 

 

 

この舞台、近年ではその内容の繊細さから上演を中止になっている国も多いらしく、だからこそ今このタイミングで日本で上演されたことに大きな意義があるのではないかと感じます。あまり簡単に是非観てほしい!と勧めづらい部分もありますが、自分の知見を深めてくれたことに間違いはありません。

 

 

 

 

 

 

残り数公演となっていますが、無事に千穐楽を迎えることができるよう祈っております。貴重な経験をさせてもらいありがとうございます!残り期間も応援しています!